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松島直也の紹介(つづき)

生い立ちからニューコードNLPをはじめるまで

■生い立ち  少年時代~ ガキ大将、火事に遭う

生れも育ちも東京の都下です。

私には5歳年上の姉が一人おり、長男として生まれました。

わりとおとなしい性格ですが、負けず嫌いの子供でした。

私は小さい頃から体が大きく、女の子や小さい子が集まってきたと言います。ある時、母から聞いた話なのですが、私は次のように言ったそうです。

「お母さん、なんでぼくの体は大きいと思う?それはね、神様がみんなを守るために大きな体をくれたんだ。」

 

遊びが大好きなガキ大将的な存在で、勉強はしない子でした。

 

小学校6年生の時に大きな転換期を迎えます。

私の12歳の誕生日の1週間ほど前に、私の家は火事に遭いました。隣の家が燃えたのです。風が強く私のうちに向かって吹きつけました。私は1人で留守番をしていました。

外が騒がしいので、家の中から大きな声がする方に近づいていくと、ガラスの反対側が真っ赤になっており、ガラスが溶け始めていました。

「どうしよう!」

何をどうしてよいかわかりませんでしたが、飼っていた犬だけを連れて裏庭から逃げました。
すると消防や警察の方やたくさんの人たちがいました。

警察の人に「車の中で休んでいなさい。」と優しく声をかけていただき、パトカーに乗りました。
火事を見物にきた人達の中で数人が「放火犯がつかまってるよ!小学生みたいだぜ!」などと言っているのが聞こえました。

自分の家が燃えている最中、放火犯扱いされたことは実にショックで、やりきれない気持ちになりました。

しばらくすると気丈な母が帰ってきました。
どんな時も安心させてくれた母が、大きくうろたえ号泣しているではありませんか。
家が燃える以上にショックだったのを覚えています。

このことによって、私は火に対するトラウマ(心的外傷)が形成されました。
即席ラーメンを作るときも、友達と花火を見に行っても、私の中では火事が再現され、恐怖、不安、怒りと悲しみが思い出されていました。

この時は、この出来事が後に私のリソース(資源)となるとは思いもしませんでした。

 

■2回目の転換期  高校時代~ 不動産屋に騙され一家離散

高校3年の時です。

家族が不動産屋に騙されたのです。家を失いました。火事により火災保険の一部を頭金に買った家が、もろくも奪われてしまいました。

さらに多額の借金を背負いました。それもたちの悪い人たちがからんでいました。私は家に帰ると毎日のように脅しの電話がありました。

「オラー、親父いるかー?!ウソついてんじゃねぇーだろうなー!」
という具合でした。これもトラウマになりました。

このころ火曜サスペンス劇場でこのようなことをやっていましたが、自分の身に起こるとは思いもしませんでした。

両親は大変な思いをしていると思っていたので、このような電話があったことは言いませんでした。
今でも言っていません。私は電話がトラウマとなり、 それ以来ずーっと、今でも電話が嫌いです。

この時は、一家心中寸前まで追い込まれました。

ある夜、母が失望した表情で私に言いました。

「もうどうにもならなくなったから、明日家族みんなで死のう」と。

 

朝になると昨日とはうって変わって、母は穏やかな表情に変わり、「不思議なことが起きたんだけど、大丈夫な気がする。」と言い、出かけていきました。

結果的に家族は離散しましたが、私たち家族は死ぬことなく生き伸びることができることになりました。

このようなことがあって、中国古典や自己啓発、心理学など、「どうしたら幸せになれるのか?人生を変えられるのか?」をテーマに、私は本を何度も繰り返し読むようになりました。

 

■3回目の転換期 能力開発時代~ 夢は叶う

25歳になる直前に長年望んでいた能力開発の会社に就職することができました。

「夢は叶うんだ!」と思えた瞬間でした。

しかし、ここで最も嫌いな営業とトラウマとなった電話を同時に携わることになりました。

毎日が苦痛の連続でした。1年近く必死に努力しましたが、業績はさえないままでした。
丁度1年がたつ月にようやく一人前と言われる実績を上げることができました。

「1年もかかったけど良かったー。」とホッとしていたら、翌月チーム編成がおこなわれ、
翌月は更に酷い最悪の数字になってしまいました。

月末に契約書回収の仕事に回されました。これは新人が行う仕事です。
営業本部長には、「気分転換してこい。」と優しく方を叩かれ送りだされました。

福岡から大分に向かう電車の中で、田園風景を眺めているうちに 涙がボロボロと流れているのに気づきました。

なんで泣いているのか分かりませんでした。

今まで「上司はどうして売り方を教えてくれないんだ!売れるようになったからあんたは上司になれたんだろう!」などと思っていました。

しかしこの時に、「私を見守っていてくれたんだ!」ということに気づいたのです。
私はお客様のことなど考えているつもりで考えていなかったのです。
自分の数字が欲しいだけでした。

「よくこんな人間を使っていてくれたなー」と心底思いました。

「もう自分はそろそろクビになってもおかしくないけれど、悔いだけは残さないように働こう。悔いだけは残さないようにしよう。今の自分に何ができるだろうか?」と自問しました。

返ってきた答えは、一期一会、目の前の人に自分が出来ることを全力で行う。誰よりも早くから働き、誰も私に声をかけられないくらい働き、誰よりも遅くまで働くこと、つまり姿勢で恩返ししようと思ったのです。
すると翌月、月初から実績が次々と上がります。初めはまぐれかと思いましたが、最後までその勢いは止まらず、実績が前月の4倍以上になり、一番になっていました。

実は、この時の直属の上司が現在は私の妻になっています。(運命って面白いですね。)

前から憧れていた表彰される側に立ったとき、嬉しい気持ちと予想しないショックに襲われました。
「自分一人では幸せにはなれないんだ。」というのが実感でした。

昨日までの自分と同じように苦しむ人たちが反対側にたくさんいたのです。
私は「いつの日か独立して、たくさんの人たちが幸せになれることをしたい!」と思いました。会社に対して私は異論を持っていました。しかし、社長でない人間が偉そうなことを言うのはおかしいと思い、35歳までに社長になることを決意しました。

 

■4回目の転換期 雇われ社長時代~ さらに夢が叶う

31歳のとき、この会社の先輩が既に他の会社で役員をやっており、私に声をかけて下さいました。

先輩から「一緒に死んでくれないか!」と声をかけてもらい、当時潰れそうなスピリチュアリティ系のセミナー運営会社に転職することを15秒で決意してしまいました。

「この会社は俺が何とかする!」と気合を入れて、目をギラギラさせて働き続けました。(独立した後、この頃の私を知っている人から目がギラギラしていたと言われました。)

平社員で入社しましたが、翌年には取締役営業部長となりました。

リンダ・ローズ博士のヒプノセラピー(催眠療法)スクールの運営に携わる中で、カリキュラムの中にNLPが取り入れられていることに気づきました。この時に、私はヒプノセラピー(催眠療法)を学びました。

受講生からNLPのコースをやってもらいたいという申し出を何度も受けるようになりました。私自身学んでみたいと思っておりましたし、できることなら、創始者から直接学びたいと夢のように思っていました。

その後、毎年昇進し、ついにNLP事業を立ち上げるに至りました。

実は能力開発会社時代にNLPの存在は知っていました。しかし、営業に専念しなさいということで、その時は本を読むくらいだけでした。
(このとき創始者と仕事ができたらいいなー。なんて軽く思っていたことが後に現実化してしまうのです。)

この頃、統括本部長をしており、ドリーン・バーチューの『エンジェル・オラクルカード』の日本語版商品化やアンディ・レイキーの『天使の絵』のプロモートなどを行いました。

私は英語のニックネームを持っているのですが、このアンディとの仕事がキッカケでNickと呼ばれるようになりました。

アンディが来日する際に、ギターの神様、カルロス・サンタナのコンサートに招待してくれたのです。アンディのエージェントはサンタナもプロモートしていたのです。

コンサートが終わって、一人一人紹介していただいたときに、アンディのエージェントは私の名前を覚えられなくて紹介してもらえなかったのです。御馳走の目の前でお預け状態ですね。なんて残酷なんでしょう。日本人の名前は覚えにくいにですよ。このことを教訓に、私のファーストネームであるNaoya(直也)のNから始まる英語名でNickと言われています。

ジョンさん(グリンダー博士)からNickと言われていますが、ちなみに私は英語を話しません。

この会社では、透視能力者のレバナさん(レバナ・シェル・ブドラ女史)やアカシック・レコードのゲリーさん(ゲリー・ボーネル氏)などもプロモートしていました。いろいろとお世話になりました。

レバナさんとゲリーさんには妻が難病を患ったときに助けてもらいましたし、レバナさんには、エナジェティックメディスンアドバンスコース(上級エネルギーヒーラー)まで教えてもらいました。アリゾナのセドナ旅行も楽しい思い出です。

35歳近くになったとき、以前決意したことの見通しが立たず、少し焦りを感じました。

「最後の最後まで諦めない!なるものはなる!」と思い続けていました。

35歳の誕生日の1ヶ月前に社長に就任することになりました。
(いろんなドラマがあったんですけどね。仲良しになりましたらこっそりとお伝えします。)

さて、NLPについてですが、
創始者のお墨付きが欲しく、グリンダー博士に認定のお願いをしました。

しかし、あっけなく断られました。

そこで、日本にグリンダー博士を招聘し、査定してもらうことを思いつきました。

大きなリスクではありましたが、ついに招聘が実現します。

はじめて、NLPが日本に来られることになったのです。

ジョン・グリンダー博士とカルメン・ボスティック女史にお会いして、特に印象深かったことは、“プロセスモデル”と“ニューコードNLP”の限りない可能性、両師の人間の尊厳を遵守する態度、威厳を持ちながらも気さくで謙虚な姿勢、愛情深いお人柄でした。

両師にも気に入っていただき、独占契約が締結されました。気が付いたら夢が実現していました。
(このときもいろいろありましたが、仲良しになれたらお話しますね。)

この頃には、会社の売り上げは入社時から十倍近くにまでなりました。

 

■5回目の転換期 独立時代~ 本当にやりたいことをやる

2007年に完全独立すると共に、3度目の燃え尽き症(一度目は、フルコミッション営業時代、二度目は能力開発会社営業時代です。)及びうつとなりました。

今考えるとNLPのことを知らないうちに、クラシックコードNLP的な思考をしていたのです。

ですから、成功が長く続くはずもありませんでした。(ほとんどのNLPは、このクラシックコードNLPです。)

どういうことかと言いますと、無意識に対して一方的に指示を出していくスタイルのため、反動が起きるのです。

私はニューコードNLPに切り替える必要性に駆られるようになりました。実際にニューコードNLPは無理をせずに自分自身を活かすので、楽な気持ちで物事が上手くいくようになってきます。

結果として燃え尽き症とうつを克服し、ストレス対処力強化セミナーを上場企業等で実施するようになりました。

自分が苦闘したことは乗り越えれば、リソースになるんですね。私は自分が上手くいかなったことを克服し、それが専門になっていますね。

火事の経験もトラウマケアの実例として役立っていますし、うつを克服しストレス対処に関するセミナーは大手企業などでもやらせていただいております。

特に、願望実現、心を整えストレスをケアすること、行動力と習慣力、などは私の得意とするところです。

他にも少年時代から書くことが苦手だった私ですが、コーチングトレーニングコースの意図/結果モデルで、書くことに目覚めました。初めはミクシィで書くことを練習しはじめました。マイミクが1000人になった頃、ミクシィが上場しミクシィ代表ということでテレビ東京のワールドビジネスサテライトに出演するなんてことも起きました。

 

「10年後位には本を出版したいなー」なんて思っていましたが、半年後くらいには、『2時間で分かるNLP入門』を出版することになりました。

十分な時間が取れず、さらに本を読むのが遅いため、自分を実験台に速読を研究することにしました。このときに速読法の様々な問題点に気づきました。そして、ニューコードNLPを用いたシンプルかつパワフルな速読法を開発したのです。

 

 

速読セミナーの開催を構想しているときに、フォレスト出版の編集の方から、「NLPを用いた速読の本を書けますか?」という出来すぎた展開が起きました。まさに引き寄せですね。

ちなみに、この引き寄せはよく体験しています。私の営業スタイルも”引き寄せ営業”だったと思います。

ついに、効率的学習をするための『NLP速読術』が本格的にスタートしました。

現在、第二回トレーナーズトレーニングコースを終え、自分を最大限に表現した講座を行っていくことを決意しました。

ニューコードNLPを取り入れた新しいライフスタイルを提案すると共に、他者に良い影響を与えたいと思う人にニューコードNLPを伝えたく、活動をしています。

素直で健全な心、内的な成長、認めあえる人間関係、地球環境を考慮したシンプルライフなど、人間の本心が喜ぶライフスタイルを広げていきたいと考えています。

日本だけではなく世界の先進国は、物質的な豊かさを手にする一方で、心の豊かさを忘れてしまったと私は思っています。心と切り離されてしまっていると私は思います。

私は現在、心の教育とケアを日本の文化にするために、一般社団法人全国心理業連合会(全心連)と東日本大震災のボランティアチームTeam Japan300でも活動しています。

「日本は現在、行き詰っていると私は考えています。一人一人が見つめ直し、今までの考え方、やり方を見直し、心や環境を大切にしていくことが大切ではないでしょうか?その鍵を握るのは、無意識の中心にある自分の核とつながることだと私は思っています。そして私は言いたい。運命は変えられると。共感し合える人と出会いたいと私は思っています。」By松島直也

 

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